06


手にしていたグラスは地に落ち、無惨にも砕け散る。

身体中の血液が沸騰したように熱くて、苦しい。

「…っ、はぁ…はぁ…」

じわりと目尻に涙が浮かび、なんだか目まで痛くなってきたような気がして俺は瞼を固く閉ざす。

「苦しいかカケル」

ライヴィズはバサリとマントで俺を民衆から隠すように包み抱き締める。

「てっ…め…、俺に…っはぁ…何、飲ませ…やがった」

身体が熱くて熱くて仕方がない。

呼吸が苦しくて、崩れ落ちそうになる身体を支えるために俺は目の前にいるライヴィズの体に腕を回した。

「うっ…ぐぅ…っはぁ、あぁぁぁっ―――!!」

ぎゅぅっとライヴィズにすがり付いたまま俺は意識を飛ばした。

「グラスの中身、ノーナンバー。それは俺様の血だ」

満月の夜、妃を迎え入れる事に行われる儀式。

それは種族の違う者を王族の血族に迎える為、自らの血を分け与え伴侶となるものの身体を作り変えること。

カケルの場合、人間からライヴィズと同じ魔王族へ。

また魔王の妃としてライヴィズの魂とカケルの魂が結ばれ、どちらかの命が消えれば共に朽ちる血の盟約がここに結ばれた。

ライヴィズは汗で張り付いたカケルの前髪を払い、額にキスを落とす。

「目を醒ませ、我が妃」

「……んっ」

カケルはライヴィズの呼び声に導かれるようして目を開けた。







あれ、俺…?

あんなに熱かった熱は引き、普通に呼吸が出来る。

むしろ前より身体の調子は良く、身体が軽く感じる。

ライヴィズは俺を包んでいたマントを払うと、俺の背を押して民衆の前に立たせた。

「この時をもってカケル=キリサキは我が妃となった。皆の者、以後その様に心得よ」

ピシッと場を締めたライヴィズとその隣に立つ俺に、数秒遅れて一気に爆発したような祝福の声があちこちから次々と上がった。

「行くぞ」

そしてその歓声を背に俺とライヴィズは部屋の中へと戻った。

「カケル、身体の調子はどうだ?」

「そうだ、ライ!お前俺に何飲ませたんだよ!?めちゃくちゃ熱いし苦しいしで死ぬかと思ったじゃねぇかっ!!」

マントを外し、一人寛ぎモードに突入しているライヴィズを俺は睨み付けた。

「気になるなら鏡でも見ろ」

「鏡だぁ?そんなもん見てどう…」

口ではそう言いつつも、室内に設置された姿見を覗き込んだ俺は自分の有り得ない姿に衝撃を受けて固まった。

「なっ、な、な…」

姿見に写る俺の瞳が鮮やかな紫色に変化していた。

耳は少し尖っているようにも見え、金に染めていた髪が根本から銀色に変色して後ろ髪が腰の辺りまで伸びていた。

俺はまさか、と慌てて服の上から身体を確認するが、どうやら性別は変わっていない様なのでちょっと安心した。

じゃ、なくて。これはどういう事だ!?

俺は姿見の前から離れ、椅子に腰掛け俺を上から下まで満足げに眺めていたライヴィズの前に立つ。

「何だよコレ、どういうことだよ?」

怒りを込めてギッとライヴィズを睨む。

「そのまんまだ。お前は俺様の正式な妃となり、人間では無くなった」

黒い手袋を外したライヴィズの長く綺麗な指先が俺の頬を撫でる。

「ど…いう事だよ…」

人間じゃなくなった?

俺はその台詞に顔を真っ青にさせた。

今まで生きてきた俺の世界が壊れた気がした。

「お前の身体は俺様と同じモノになり、魂が血の盟約により結ばれた」

ライヴィズと同じモノ。
魂。
血の盟約。

「何だよソレ…」

「お前は俺様から逃げる事は出来ない。俺様を殺して逃げようとすればお前も死ぬだろう」

「俺も…?」

いきなり与えられた数々の情報にただでさえ許容範囲の少ない俺の頭はいっぱいいっぱいだった。

纏まらない思考の中にライヴィズの酷く甘い声が毒のように注がれる。

「そうだ。俺様とお前、死ぬ時は一緒だ」

ひっそりと耳元で囁かれ、背筋にゾクゾクとした震えが走る。

「なんで…」

ここまでする必要がある?俺が面白いからってだけで?

そんなの……。



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